向井メンタルクリニック

メンタルヘルス徒然草

2012/6/1 金曜日

「友白髪の会」

「あっれ~~こんなとこ、白髪生えてる、ヒャーヒャーホホーッホホーッ」とおどける彼の声を聞きながら何となく複雑であった。この人、仕事しているとき、あんな難しい顔してるのに、こんな楽しそうな声もだすんだ。

 

白髪といっても「白毛」がただしいだろう。彼が見つけなければ、一生、誰にも、自分にさえも見つからなかったであろう「白い毛」。

 

もうそんな歳になってまったのか。子供を育てることに一生懸命、母であることに、がんばってきた。「女」であることを一歩引いて。

 

もうすぐ子供たちも独立、なんか「人生って不条理」だと思う。

 

 

「友白髪の会」やね、ガハハと、彼は笑う。彼も自分と同じ年頃に、同所にやっぱり「白い毛」を見つけたという。

 

抜いてやろうと思ったら大変痛かった、やっぱり切ることにした、鏡にうつして、キャ~ 変な格好やわ~、子供に見せられ変わ!切りにくいな~~。

 

 

彼がつぶやく斉藤茂吉の歌、

 

ミュンヘンにわが居りしとき 夜ふけて陰(ほと)の白毛を切りて棄てにき

 

いきどほり 遣(や)らはむとする方(かた)しらず 白くなりたる鼻毛 おのれ抜く

 

(斉藤茂吉)

 

 

「茂吉さん、きっと、この毛、抜いてやろうとひっぱたら、痛くて腹立って、鼻毛ぬいたんやワ、そしたら、また、痛かって、腹立ったんやわ~~ それで切ることにしたんやわ。」

 

「なんや、こんなことわかる歳になってしもたな~~、なんか腹立つわ、見つけんでもええのに!」次ぎに逢ったら、たくさんごちそうしてもらおおう~っと。

 

当然ご本人の了解はいただいているが、本人が特定できない程度に変更してある。

 

 

2011/8/20 土曜日

「あんたのパンツいつまで洗うの」?!

「あんたのパンツいつまで洗うの」?!強がって息子の前では、そう言ってはいたが、いざ息子が家を出ていってしまうと、寂しさが一気にこみ上げてきた。そしてなぜか無性に腹が立った。泣いた。涙は熱かった。
子供が小さい頃、主人が逝った。女手ひとつで、ここまで育てた。「子供のため、子供のため」だけを考えてきた。苦労もあった、大学も卒業させ、一流会社に入社、とにかく一人前に、一人前に、と思ってがんばってきた。いざ一人前になって就職で社会人、親元を離れてのお勤め、もう息子のパンツは洗えない。
・・・・・・しかも、これからは息子のパンツは彼女が洗うらしい!!フム!!!
何か気が抜けた。息子がいるときは「暑苦しいな」と思っていたが、いざいなくなると、一人きりのマンション、仕事で疲れて帰って「ただいま~」パチリと自分で部屋の電気をつける。家の中の空気の温度が下がってしまった。

本当に、鳥の雛が飛び立った後の「空の巣」・・・・・・・とりあえず、さびしい。

 ここで、男の下着を洗ってくれる女性の話をいくつか。

昔話の「鬼のふんどしを洗う女」

  あるとき、仲のよい男と女がいた。そこへ、鬼がやってきて、男を痛めつけた挙句、女をさらっていった。何とか助け出さねば。男は女を取り返すため鍛えた。空手、柔道、・・・・鍛え、鍛え、鍛え上げた。そして鬼の下へ・・・・。なんとさらわれた女は、のんびりと川で鬼のふんどしを洗っていた。女いわく、「だって仕方がないじゃない、いまさら」。女性の「環境適応性のよさ」の話か。

坂口安吾の小説に出てくる「青鬼の褌(ふんどし)を洗う女」

   堕落じゃなく、この人は「自由奔放・変幻自在に生きる女」でしょう。

 よしこさん、この10何年、「お母さん よしこ」として一人でがんばってきました。ご苦労様! また、旧姓の「××よしこ」に戻りましょうか。
男の下着を洗う女性は、「環境適応性」がよいのであります。そして「自由奔放・変幻自在に生きる女」であるのですから。

 

 

 

 

 

 

 

2011/3/8 火曜日

夫婦善哉

「この間の締め切り今日やったでしょ・・間にあった?」「あの振込み今日期限やったでしょ・・チャンとした?」。「世話焼き女房」型のよしこさん、これはお父さん、お兄さんに対する会話である。
放っておけないのである。口が、手が、先に出てしまう、本人が困らない間に先に片付けてしまう。世話を焼いてしまう。「困らぬ先のよしこさん」である。
お父さんもお兄さんも、彼女に頼りきっている。「お父ちゃん!もォ~~!またァァ~~」、「お兄ちゃん!!もォ~~またァァ~~」毎日のせりふである。兄からの電話「会社の近くに来たから、昼でも一緒に・・」彼女の オゴリである。
会社でも、ソウ、彼女は頼りになる人である、頼めば断らないというより、断れない「性質(タチ)」皆が知っている。自分でもわかっているが断れない。
父兄を見ていると、男って、こんなものだと思うと、異性関係も腰が引けてしまう。
 

「わかってるんですよね~~、でも、ついつい手が出てしまうんですよね~、いつかやめようと思ってるんですが、ついついね、わかるでしょ! 先生」なんとなくわかるよ、よしこさん。
 

ここで思い出すのが、織田作之助の「夫婦善哉」映画でも森繁久彌さんと淡島千景さんのすばらしい大阪弁の世界、昔の大阪弁の世界である。ダメ旦那を支える気丈な妻仲のよい夫婦のお話である。
よしこさんも、父兄でなく、「旦那」にすればよいのに、旦那なら納得づく、父兄は選べない。
 

数年前だったか、新聞に、未発表の織田作之助の「夫婦善哉」の後編が見つかったとのことである。
 

よしこさん、ご安心あれ!!
うるおぼえですが、確か、この後編では、ダメ旦那も戦争で焼け出され、頼るところがなくなったところ、一生懸命仕事を始めたという筋書き、ハッピーエンドであったとのことです。

お父さん、お兄さん「大器晩成」、チョッと遅いかな~~?遅いね、遅咲きやね?
 

 ご本人の了解をいただいたうえ、ご本人と同定できない程度に改変してあります。

 

2010/5/3 月曜日

「好々爺」

  「コウコウヤ」と読む。

よく巷で見かける中華料理屋さんの「好々亭:ハオハオテイ」のことではない。広辞苑によれば、「人のよい老人、ニコニコした優しそうな老人」とある。
この「好々爺」という言葉がぴったりのよし男さん(仮名)が、お見えになったのは、気持ちのよい気候の初秋の頃である。このよし男さんのDNAをそのまま受け継いだような、見るからに人のよさそうな息子さんと一緒にお見えになった。
  「自転車で出かけては迷子になって警察に保護されること数回」、心配したご息子さんが一緒にお見えになった。ニコニコしながら、よし男さんがおっしゃることには「いやあ~、あきまへんのや、すぐ忘れますのや、私、刺身が好きでんねんや、忘れて1日3回刺身、こうてきて(買ってきての大阪弁)おこられてまんのんや(叱られていますの大阪弁)」とニコニコ、ニコニコしながらおっしゃる。息子さんも、「そうですんや、まあ好きやったら、刺身何回、買っても、かまいませんけど」・・・と苦笑しながら、仲のよい親子である。「でも、迷子になって事故にでもあったら心配ですから、つれてきました」とのことである。
いろいろとお話を伺い、ご家族とも相談して、ご本人にGPS付の携帯電話を持っていただいたり、いろいろと工夫をした。そして、お薬、あんまり大きな効果を期待しないでください。私の家族なら処方しませんよ、とご説明の上で「物忘れの進行を遅くするといわれる薬」を希望されるのでお出しした

まあ!なんと!よし男さん1~2ヶ月このお薬を服用いただくとなんと!警察に保護されることがなくなってきた。「へぇ~、チョッとは効果があるんだ」と感心しながら、またよ~く話を伺って考えてみた。
初めてお見えになったのが初秋の頃、サイクリングシーズン、自転車でお出かけには誠に気候のよい頃で、この数ヶ月ですっかり寒くなり、自転車でお出かけすることがなくなり、ご高齢の方用の「地下鉄無料パス」を利用して散歩に出かけているという。道を間違えそうになると、とにかく地下鉄に乗ってしまえば何とか地元の駅に到着、帰宅できるそうである。よし男さんは、大阪弁からわかるとおり、根っからのから大阪の方で、地下鉄の駅名、地名がわかれば帰ってこれるとのことである。「薬の効果か」?さては、「昔の記憶か」
でもやっぱり、ニコニコ、ニコニコしながら楽しそうに「お刺身は毎日3回買って、怒られてまんのんや」とおっしゃるよし男さんである。
よし男さんがお見えになると、なんとなく私もほっとして、ニコニコしてしまう。
大阪の由緒ある地名がどんどん失われ変わりつつある。道の迷うご高齢の方が増えるのではないか心配である。

当然、この話はご本人の了解をいただいた上で、ご本人とわからない程度に変更してある。

2009/12/13 日曜日

男と女 Un Homme et Une Femme No3「浮気主人(彼氏)を手のひらに乗せる:恋愛の精神病理学的考察」

「頭から湯気が出る」と昔からよく言われるが、実際、よし子さんB(仮名)の場合湯気が立っているように思えた。友人から聞いたとのことで,当院へお見えいただいた。
「旦那が浮気しているのがわかって腹が立って仕方がない、いらいらして仕方がない、何とかしてほしい、別れようかとも考えている」ということであった。ちょっとこれは人生相談に近いからお話を聞きながら、どうしようか考えていた。まあ、あまりの興奮があるので、いつもの「まあ、ちょっと頭冷やしに通ってみる~~~~」と、話を聞いてみることにした。ゆっくりと話を聞いてみると、「どうも別れるつもりはないらしい」。長年連れ添ったお二人を、何とか元に戻す方法はないか?
そこで、「ご主人を手のひらで、泳がして、見る気ない???」と聞いてみた。「エッ、そんな方法ある?」と半信半疑。とにかく「一度試してみる、それでだめやったら、別れたらええないの?」との私の提案に乗ってきた。
それはね、それはね「ゴニョゴニョゴニョ・・・#$%&‘()“#$  (企業秘密)  %&*+‘‘‘>????ゴニョゴニョゴニョ・・・」噛んで聞かせるように説明して、一度でいいから1週間試してごらん。しぶしぶ、半信半疑彼女は「試してみるわ!」とのことであった。
1週間後、不敵な笑顔で・・やってきた彼女、「先生!びっくりしたわ!うまいこといったわ!フフフフフ・・・(少し女の怖さを私は感じた)私、久しぶりに、迫られテン、ホンマ久しぶり・・・腹たってたから、拒んだろう、思ったけど、ヨウ拒まんかったは!」ちょっと、私が赤面するような内容。この後もね「どこか食べにいこ~よく外食に誘われるようになった」とのこと、この後ご主人の自慢話、違う方向で「湯気が出てますよ!」。「うまいこといったね~~~、旦那もう手のひらで泳いでるね・・・孫悟空と一緒、お釈迦さん(よし子)さんの手の中で泳いでるね、面白いやろ、別れんでよかったね・・・・」とよし子Bさんと二人で、旦那の行動をほほえましく、ほくそえみながらお聞きしている。何ともコケットな感じのかわゆい方である。
同様の方法で、夫婦の「離婚の危機」を解消したカップルがおられる、「帰るコールを毎日入れるようになったご主人:帰るコール亭主」「毎日定時に帰るようになったご主人:伝書鳩亭主」・・・・・・かなりおられる。
私は「世の中の、浮気ご主人方の敵」かな~、フフフまあいいか!仲良い夫婦続いてくれれば「意識障害」をさめさせずに「恋愛妄想」を続けるのもよいことか??意識障害も妄想も治す必要はないです!という結論。
たまには、精神病理学などと、わけのわからない学問も、世の中のお役に立てうるということです。

元気でね!お二人仲良くね!よし子さんB(仮名)旦那さん、君の掌の中でゴソゴソしても大丈夫、御釈迦さんの手の中の孫悟空みたいヤネ。
当然、この話はご本人の了解をいただいた上で、ご本人とわからない程度に変更してある。

2009/10/20 火曜日

男と女 Un Homme et une Femme No2「刷り込み:恋愛の精神病理学的考察」

  よし子Aさん(仮名)の表現は興味深く、大変、すばらしかった。うまい、なんとも言えず「男と女」の心の関係を衝いている。了承をいただいて、彼女の言葉を書いている。当然ご本人の個人情報は含まない程度に変更してある。 

 前回、古典的な精神病理学では、恋愛は「妄想知覚」か、あるいは「意識障害」に分類される話をした。標準的な精神病理学をかじった人なら、前回の理論構成で「恋愛の精神病理学」は終了する。  

 一方、よし子Aさん学説は、あの有名な動物学者コンラート ロレンツか、シートン動物記か? 

初めてよし子Aさんが当クリニックへ見えたとき、大変機嫌が悪く、「プリプリ、カンカン」怖かった。というのも、付き合っていた男性に別れ話を持ち出され、あまりの腹立たしさに暴れたところ、彼が当院を受診させたのだそうである。 

「まあ~まあ~、そう怒らんと~、数回、頭冷やしに来る~?」の私の言葉に誘われて、何回か当院にやってきてくれた。いろいろと話をする。うち解けてみると、なんと、チャーミングで聡明な人であった。 

数回目のセッションで、  「私もわかっているんです、あんな男のどこがいいのか、早く離かれたほうがよいのはわかっています。 でもね、先生、あれ(彼)はね、私の初めての男なんです、わかりますか、鳥の雛が孵ると、最初に見たものをズッと親と思い込むんでしょ、それなんですよ・・・{刷り込み:Inprint}とか、いうんでしょ、だから離れられないんですよ~~」。 

よし子Aさん、うまい!小説家?動物学者?精神科医? 

その後何回か、彼女はやってきてくれた。次第に落ち着いて暴れることもなくなった頃、 

「先生、雛もね、大人になるでしょ、そしたら、巣立ってゆくでしょ・・・私もその時期が来ているんでしょうね・・・・」と笑いながら話すようになった頃、彼女は当クリニックを、卒業というより「巣立っていった」。 

頭のよい人というより、人の気持ちのよくわかる人、中途半端な精神病理学者より「人間通:Menschenkoenner」!すばらしい自己分析・・・・フゥ~ム参った

よっちゃんA、今頃どこを飛んであるのかな~。元気でね!(仮名)

ご本人の了解をいただいたうえ、ご本人と同定できない程度に改変してあります。

男と女 Un Homme et une Femme No1「一目惚れの精神病理学的考察」

その昔「一目会ったその日から、恋の花咲くこともある、サァ~、パンチでデート」という視聴者参加番組があった。私の友人も出たそうな。
 「一目惚れ」は、古典的な精神病理学では、簡単に、端折って言えば、「妄想知覚」あるいは「意識障害」に分類されるそうである。

 まったく、精神病理学者という人たちは意地が悪い。仲のよい男女の関係を横目で見ながら、腹の中でこんなことを考えているのだから。 「妄想知覚」とは「実際の知覚に理由なく一定の意味が与えれるもの:たとえば町で見知らぬ女性を見て自分の恋人であると体験する」(精神医学事典:弘文堂)。

 今回の話に、ぴったりの例が書かれている。それが訂正不能の判断であっても、お互い男と女の睦まじい関係が、ズウッ~と、ズウッ~と持続する場合、これは「恋愛」でもあり「妄想」と呼ぶことが出来る。どちらかがそう思わないときに、片思いということになる。知人のカップルを見ていても、どうしても、どこがお互いをひきつけているのか、他人の目からはわからないことがしばしばある。恋は「モウモク」である。妄想も訂正不能の判断の誤り?である。
 一方で、このような男と女の睦まじい関係が、一定期間過ぎた後、醒めてしまうことがある「夢:意識障害」から醒めるのである。「ハァ~、なんでこんなんに(男)(女)に惚れたんやろう」とため息混じりに、相手の厭なところばかりが、目に付き始めることがある。意識障害から醒めたのである。少し前の言葉で「成田離婚」という言葉があった。夢を見ている時の睡眠は、生理的な意識障害である。 

入局したての新人に医局の馬鹿話として受け継がれる類のものである。残念ながら、私の在籍の長かった大学医局では、歴史が浅いためか、こんな習慣はなく、他の大学の親切な先生に耳学問をさせていただいた。精神病理学というとどんなに難しい話かと思うと初めは緊張したが、・・・アハハ・・・おもしろかった。興味津津・・・よく「勉強」した。
 今では、大学医局制度が崩壊し、また酒を飲みながらの、こんな馬鹿話もしなくなってしまった。心の栄養になるような話がなくなった分、薬の治療が増えてしまっているのか?。臨床、つまり患者さんの「お手伝い、お役」にはこんな話のほうが、役に立つのではないかと思うのだが・・・・。
 

2008/7/7 月曜日

新型5月病:「私、現役で大学通ってしまいました!」

Filed under: 6.うつ病について, 8.心療内科よもやま話 — mukai @ 10:31:07

この6月にも多くの患者さんが新しくお見えになった。世の中はこんなに複雑で、ストレスが多くて、困ったものなのか?本来、「心の医者」などなくてもよい世の中がよいのだろうと思う。
以前より「5月病」(Wikipedia)なる言葉があり、主に「新入社員、新入学生が・・・・・」、とされてきた、もともと、がんばって入学した後、入学という目標を失うといったところから来た言葉という。どうも新しく「6月病」形容してよいような一群の新入社員の人々がおられるような気がする。新型インフルエンザならぬ、新型「5月病」である。
6月といえば、本年4月入社で研修を受け、実働しはじめ本来の仕事が始まった矢先である。さらりと表面的なお話だけを聞くと「5月病」と変わりはないようだが、じっくりとこの人たちの話を聞いてみると、従来の「5月病」と呼ばれる人たちとは異なる共通項が見えてくる。
 
「気分が沈んで仕方がありません、会社にゆくのが怖いのです、夜うまく眠れないのです・・・・」。この程度まで聞くと、いわゆるストレス関連障害、適応障害の抑うつ型・・・がんばりすぎているのだ、と診断してしまうだろう。ちょっと休息でもとってみることをお薦めしてしまいそうである。
ところが、さらに状況を聞き進んでゆくと、「上司にしかられました、私は嫌われているのでしょうか?」「職場にうまく溶け込めないのです」とおっしゃる。
どうも違う? もっともっと聞いてゆくと、これらの多くの人たちには、やや従来の「5月病」とは異なる精神病理が存在するように思える。
この人たちは、一流大学卒で一流会社のエリート候補である。小さいときから英才教育を受け、学校の先生、両親にさえしかられたことがないという、ましてや他人にしかられたことなどない。限られた英才たちの間だけで、褒められることだけを経験してきたという。テストの成績は当然上位である。「答えの存在する問題」を解き、しかも的確にすばやく答えを出すことを訓練されてきた。「答えの存在しない問題」はない世界である。
そのような訓練を受けてきた人たちが、上司にしかられ、実社会に出て「答えの存在しない問題」に遭遇すると混乱をきたす。仕事、人間関係・・・世の中には、「答えの存在する問題」のほうが少ないということに面食らい、それが理解できないように思える。
イタシカタなし、精神療法的にじっくりとお話を伺い、世の中は、全く正しい答え、正解が存在しないほうが多いのであって・・・・などと、高校生に話したなら「オジサンぶって、ウザイ!」としかられそうなお話をする。さすがに、この人たち世の中で「少しもまれたせいもあるのか」しっかりと聞いてくれる。叱られるのも「君が期待されているから、トレイニングしてもらっているのではないか?」と疑問をぶつけてみるとさすがに頭のよい人たち「わかりました!!」と意気揚々となり、数回で、当院を卒業してくれる方が多い。
 この人たちと話をしながら、昔、私が某大学で教職にあったころに知り合った医学部の学生さんのこと思い出した。すなおで、よい子である彼女は医学部の学生でも、上位に属する人であった。つまりエリートである。
あるとき、私が別の教員と「浪人も別に悪いものではないですね、いろいろと人生を考えてみるチャンスであったようにおもいますね。この年になってわかるようになりました」「うん!僕もそう思うよ!」「お互い、大学に入るのに、数年苦労したモンネ!」などと、半分自嘲の意味もこめて話していた。
横で聞いていた彼女が、「先生! えらいことをしてしまいました! 私、大学を現役で通ってしまいました!!」と真剣な表情で困っている顔がフッと、私のこころをよぎった。
彼女は「技術的にはよい医者」になるだろう。ただ「心の医者」には、向くかな? あるいはできるのか?などと、あの「真剣な表情」を思い出しながら、彼女の歩んできた、そしてこれから歩む、であろう医者としての人生を思う。
 

 

2008/4/21 月曜日

Munk(ムンク)の「叫び」

Filed under: 8.心療内科よもやま話 — mukai @ 13:29:39

Munk(ムンク)展が兵庫県立美術館で2008年1月19日から始まったのでさっそく見に行ってきた。(4月21日ではもう終了しているので注意してください。) 

 残念ながら有名な「叫び:Geshrei(独語:ゲシュライ)」はなかったように思う。昔、ある大学で講義をしていたとき、統合失調症に関して、Munk「叫び:Geshrei(独語)」という作品について話をした。学生に聞くと、多くがあの奇妙な顔のおじさん?が叫んでいるのだと思っていることがわかった。同様にかなり以前のこと、ある放送局のラジオコマーシャルで「コンピューターを用いて、あのおじさんの骨格から考えられる、叫び声を再現したという声」を放送していた。今でも忘れられないあのこっけいな声、なんと!おじさんはかなり低い声で「ホッ、ホッー!」を叫んでいるのだ、そうな!最近の日経新聞にも取り上げられ、この「叫び」の絵の話であのおじさん?が何を叫んでいるのだろうという問いに、ある子供は「キャー、かつらが飛ぶー」と答えたそうな。一部の学者にはこれは「幻聴が聞こえる」ので怖くて耳を押さえているのだという人もいる。 

  フム!名画は種々の解釈ができる!! 

 Munk自身は、このモチーフでたくさんの作品を描いていて、ストックホルムの名前は忘れたがある小さな美術館にある小さな作品の中に、メモのようなものを次のように記している。「Ich fuehlte das Gescrei durch die Nature.」(ドイツ語のウムラウトという字がないのでfuehlteは ueでご勘弁ください。) つたないが訳してみると「私は自然から叫びを感じる」と書いてある。 

  統合失調症の患者さんたちのひとつの症状として妄想気分というものがあり、「周囲の何か異様な雰囲気、何か自分の周囲で奇妙なことが起こっているような感じがする、自分の周囲が奇妙に変化してしまう」といった症状を感じる人たちがいる。難しい言葉で言えば「実存の危機」と言うらしい。病気でない人たちには、決して感じることのできない、理解できない恐怖・不安らしい。 

 Munk統合失調症という病気に罹ることによって、この作品を生み出した。 

 

2008/3/8 土曜日

認知症とFail Safe 

Filed under: 8.心療内科よもやま話 — mukai @ 13:24:14

  再びFail Safeとこころの障害について書きます。今回は認知症との関連です。
  基本的には「人間も、何か障害ができた時には、なんらかの装置、システムにおいて、誤操作、誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に制御すること。またはそうなるような設計手法で信頼性設計のひとつ」。詳しくは前回の強迫性障害とFail Safeを見てください。
よく認知症初期のお年寄りが、「財布を取られた、預金通帳を取られた」と、家族に連れられお見えになります。「嫁がお金を取っていった・・・・」などといったことになり、ご家族内でもめることがしばしばあります。

  精神病理学的に分類し、字面を簡単にみれば、「被害妄想」ということになるのでしょう。「被害妄想」というので、その手の薬物療法をする医者もいます。

 こんな場合、以前に述べた「Geduld, Geduld, immer wieder Geduld: ドイツ語:辛抱、辛抱もう一回辛抱:私が心の医者になって最初に習ったドイツ語:患者さんがどうもわかってくれていないようでも辛抱しなさいという、「こころ医者」への格言」と、唱えながら、もう一度さらに一歩踏み込んで、時間をかけて、このようなお年寄りの話をお聞きすると、「大切なものだから、誰にもわからないように仕舞っておいた、仕舞ったがその場所がわからなくなった」つまり誰にもわからなくなったのであります。確かにご本人は目的を達したのであります。
多くの場合、ご家族にお願いして、家の中を探して頂くと、家の中の普段ご本人が大切なものを仕舞っておく場所から出てきます。つまり他人さんに盗られる事はなくなるというfail safe機能が働いたのです。
  認知症の初期の中心的症状は、「記銘力障害つまり昔のことは覚えているが、新しいことが記憶に残らない」です。
 

わたしは、これも人間に備わったFail Safeのひとつと考えます。ご家族にもそのように説明して、家の外でなくしてくるよりは、家の中で多くの場合見つかるのですから、Fail Safeのお話をして、その機能が働いているのですよ、と説明しておきます。ご家族もそれなりに納得いただければ、ご本人とトラブルにならず、薬物療法をせずに済むことが多々あります。
  ご高齢の方に薬物療法を行う際には、若い人より副作用が出やすく要注意が必要です。チョッとした機転あるいは知識で家族円満にすごせます。

2008/2/29 金曜日

強迫性障害と清少納言

Filed under: 8.心療内科よもやま話 — mukai @ 12:30:22

清少納言(セーショーナゴン でなく、せい しょうなごんと読むのが正しい、康保三年頃(966年?) - 万寿二年頃(1025年?))は平安時代の女流作家歌人。本名は清原諾子(なぎこ)という説もあるが、不詳。「清」は清原の姓から、「少納言」は親族の役職名から採ったとされている。実名は不明、「諾子(なぎこ)」という説(『枕草子抄』)もあるが信ずるに足りない。博学で才気煥発な彼女は、主君定子の恩寵を被ったばかりでなく、公卿や殿上人との贈答や機知を賭けた応酬をうまく交わし、宮廷社会に令名を残した。

 『枕草子:マクラノソウシ』は長徳2年(996年)頃から本格的に書かれ、最終稿は長保3年(1001年)から寛弘7年(1010年)の間に完成したと考えられている。京都市東山区 - 百人一首にも採られて有名な「夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」の歌が刻まれた清少納言の歌碑。清少納言の名が今日まで普く知られているのは、彼女の主要な作品『枕草子』によってである。『枕草子』には、「ものはづくし」(歌枕などの類聚)、詩歌秀句、日常の観察、個人のことや人々の噂、記録の性質を持つ回想など、彼女が平安の宮廷ですごした間に興味を持ったものすべてがまとめられている。 (以上の出典はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を抜粋、改変)
 病跡学(びょうせきがく)的な一部の説に??清少納言には、強迫性障害(強迫性障害については「フェイルセーフと強迫障害」を参照)があったという人がいる。
  彼女は寝る前になると「ばかばかしいな~」と思いながらも、寝所の布団、枕をきれいにたたみ、徹底的に掃除をし、そして確認をし枕を「トントン・・・・・」と、8回叩かないと寝られなかった、これは7回であっても、9回であってもだめで8回でないとだめであったという、末広がりの8である。こういう状況を強迫儀式と呼ぶ。
  このような、日常の観察、個人のことや人々の噂、記録の性質を持つ回想など、彼女が平安の宮廷ですごした間に興味を持ったものを書きつづった。
  これが「枕掃除:マクラノソウジ」であるといわれている。??
  「よもやま話」、信じないほうがよい説である。

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